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発達障がい

2012/05/07

不登校事例を書き留めることの意味

 このサイトは2004年に立ち上げました。高校で新しい生徒を担任したときにあまりにも不登校の生徒が多かったことに驚き、その経過記録をまとめた指導資料が基になっています。、
 時が流れて2010年に自分の子どもが不登校に陥りました。今度は親として不登校に立ち向かうことになりました。当たり前の話ですが、不登校に決定的な解決方法はありません。多くの親がそうであるように「何が悪かったのか」「甘やかして育ててしまった」「学校の中に問題がある」「携帯電話とメールが気力を削いでいる」など色々な原因を考え、迷い、怒り、不安に翻弄されながら過ごす日々が続きました。「居場所を作れば直る」「不登校は悪いことじゃない」などカウンセリング的なアドバイスも、的を射ているとは思えず結局「どれも間違ってるし、どれも正しい」と考えることにしました。ただ、不登校の本人も揺らぎ、家族も揺らいだとき、多くの事例は台風に遭ったときの海図の役割を果たしてくれました。
 ここには、自分で記録したもののほか、掲示板に寄せられた体験や、時には寄せられた批判もあります。それらは今、不登校の渦中にいる本人、家族の方々にきっと参考になると信じています。

2011/02/13

発達障がいと問題行動

 勉強の甲斐あって、わざわざ確認テストを用いるまでもなく、ADHDやアスペルガー傾向を持っている生徒がわかるようになってきました。同時に発達障がいがあっても、ほとんどの生徒は学校によく適応して生活していることもわかってきました。彼らはこれまでの生活の中から「自分には感じ取れない空気」があることを知り、我慢をすることを知っています。この先も困難は多いものの、何の問題もなく生活していくことでしょう。

 高校生になると発達障がいを持っていても、反社会的な行動をする生徒は少ないのです。 

 しかし、問題行動が多い生徒についてはどう扱うか戸惑うことがあります。明らかに周囲の生徒にとっては迷惑で、遠慮のない言動に傷つく生徒も少なくありません。本人もたいへんなのかも知れませんが周りの方がもっとたいへんです。「この子は発達障がいを持ってるからがまんしなさい」というわけにもいかず、腹に据えかねて、激しく怒るとパニックを起こして駄々っ子状態になってしまいます。 

 スクールカウンセラーの方にその話しをしたら、「周りの空気が読めないというのはハンディキャップではあるけれど、経験によって克服できます。反社会的な行動が多いのは保護者が悪いことを悪いと教えていないからです。発達障がいが直接の理由ではありません」と明快な答えが返ってきました。

 ハンディキャップに気がつかないまま高校生になってしまうと、この先での対応はなかなかたいへんです。もっとも良いのは本人が危機感を持ち、「自分にはこういう弱点があるから、おかしいと思ったら指摘してくれ」と頼み、学習していくことだそうです。

 実際には保護者も本人も発達障がいということを認めることはなく、強い拒絶反応を示すので容易ではありません。

2005/11/26

軽度発達障害についての学習会

 生徒会行事も、部活動も一段落して、久しぶりにブログを書く気力がでてきた。

 今年も11月12日~13日合同教研「障害者教育の分科会」に参加して来た。ここ数年は不登校分科会にいたが、Mさんに触発されて、軽度発達障害に興味を持ち始めた。知ってみると、今までなぜこのことを知らなかったのだろうと自分の不勉強を思い知らされることが多かった。同時に不登校問題やADHDについて、普通高校では情緒的、感情的なとらえ方をしていたことにも気が付いた。障害児学校は一歩も二歩も先を見て研究・実践をしている。

   以下に職場新聞に書いた報告記事を一部修正して掲載する。            

  この分科会は「普通高校は関係ないだろう」と思う人が多いらしく、百名近い参加者がいたテーマ討論でも、普通高校からの参加者は私を含めて二人しかいなかった。
 高等養護学校に努める知人に会ったら「こっちネタで書いてましたね」といわれたから、障害児学校でも自分たちだけの問題と思っているフシがある。

 「軽度発達障害」という言葉が広く知られるようになったが、つい最近まで私は知らなかった。「ADHD」「LD」「アスペルガー症候群」「高機能自閉症」などと言った方がわかりやすい。「トム・クルーズ」が字を読むことができないのはよく知られている。識字障害はLDの一種である。

 文部科学省の調査で小学校では全国平均で6%の「軽度発達障害と思われる生徒」が存在する。アスペルガーやADHDは学力と関係なく存在する。実は大人の中にもかなりいる。キーワードは「対人関係困難」だ。虐待に結びつく場合も少なくない。
   

  千歳市立北進中学校のN教諭はこの問題のエキスパート(後述)だが、テーマ討論の中で次のように述べている。

「『レッサーパンダ事件』の弁護人である副島洋明氏は「高機能自閉症やアスペルガー症候群の障害者に出会うのは、福祉や医療の現場ではなく、留置場が多い」と語っている。このことを黙過してよいのか。きちんとした教育、福祉、医療、労働の施策がないからではないか。」 

 ADHDとアスペルガーは混在することも多く区別することが難しいという。「会話の流れが読めない」「自分の欠点を指摘されると怒りが爆発する」「何事にも頑張りすぎて疲れ切り最後までやり遂げることができない」「マイブームが変化しやすい」「じっとしていることができない」「声量の調節ができない」などの特徴を持つ場合が多い。(N教諭の講演から)

 本校にもかなりの割合で存在することに気がつく。

 ADHDの大学生と、そのお母さんがテーマ討論に参加していた。お母さんは自分の子供の障害を認めることができず「それはあなたの個性だ」と言って聞かせたが「こんな苦しい個性があるかよ」と反論したという。

 自覚なく周囲の人間を怒らせてしまう。やがて、いじめや仲間はずれの対象となる。「いつ誰を怒らせるかわからない恐怖」にさらされ、やがて不登校、退学へとつながっていく。他人からの批判には腹立ちをこらえきれず、何事にも過敏に反応してしまう。ADHDやアスペルガーにはそんな苦しさがつきまとう。

 軽度発達障害は早めに自覚ができればよりよい対処ができる。小中学校では、かなり研究され始めている。障害児学校と連携している場合も少なくない。

 千歳市は文部科学省の研究指定地域になったこともあり、行政と小中学校が協力して先進的なシステムを作り上げている。

 千歳市立北進中学校は国内でただ一つの特殊学級のみで構成される独立校である。ここに勤めるN教諭は千歳市のみならず、全道を駆け回って「特別支援教育」の推進に当たっている。

「がんばってもだめな生徒が存在し、精神論だけでは乗り切れない現状に高校ももうすぐ気がつくだろう」という。

  高等養護のS先生によれば、高校と高等養護の境界が曖昧になってきてる。近隣の高校を退学して高等養護に入学した生徒もいればその逆もいる。

  これに対応するために、遠別農業高校は小平高等養護と連携して軽度発達障害の生徒の指導に取り組んでいる。道内の高校ではもっとも進んでいるのがここだろう。

  文部科学省が予算もつけず、特別支援教育を声高に叫んだことは「インパール作戦」だと批判されているらしい。(もう少しわかりやす例えがほしいところだ)
 しかし、今まで取りこぼして来た分野に目が向き始めたことの意義は大きいと思う。

 現実的には圧倒的な教員数の不足が災いして、これらの生徒に細やかな対応をしていくのは困難だろう。また、現職の教員にはほとんど軽度発達障害についての知識もない。そのための研修に出してる余裕も現在の学校にはない。

 だが、教職を志している学生の多くは、大学の積極的な取り組みもあって一定のスキルを身につけてくるだろうし、少子化の進行も定数の改善には役立つかもしれない。

  この問題に対処するための態勢づくりが障害児学校では始まっている。多くの高校はやがて援助を必要とするようになるだろう。

 学校制度とは別に教育のあり方が変わりつつあることを感じた。道のりは長いが喜ばしいことだと思う。

              11月25日

2005/09/29

発達障害の苦しみ Mさんに感謝です

「Mさんからのメール」に対して寄せられた読者の方からのメールです。承諾を得て掲載させて頂きました。なおHPに掲載したものと同内容です。

はじめまして。

 私は大阪の交野市に住む、中2の長女と小5の長男を持つ40歳の主婦です。看護師として毎日働きながら、子育てをしています。

「発達障害の苦しみ Mさんからのメール」を読んでメールをさせて頂きました。 読んでいて涙があふれて来て、泣きながら何度もプリントアウトをして読み返しました。
 そして、私もMさんと同じく軽度発達障害者だった事を初めて知りました。
「Mさんからのメール」を読むまでは、自分のことを普通だと思って生きて来ましたし、読んでいなければ、私は今でも自分は普通だと思っていた事でしょう。
 そして、繰り返されるトラブルは全て自分が至らないからで、努力を続けていれば直せると思って頑張って生きてきました。
 本当に頑張って頑張って生きてきました。何故いつもそうなってしまうのか分からずに苦しんで来ましたが、それが、もしかしたら脳の発達障害のせいだった何て、全く思いもしませんでした。
 本当に自分はちょっと抜けていたりするだけで、おちゃめな性格なんだと思っていました。

 少し長くなりますが、是非皆さんに知ってもらいたいと思って、一生懸命書いてみました。

 自分のことは、普通だと信じて疑わずに生きてきました。でもそう考えると、今まで分からないでいた過去の事などの説明がついてしまうのです。・・・やっぱりショックでした。

 今、とても複雑な心境です。やっぱりそうだったんだというホッとする気持ちと、普通じゃなかったの?という気持ちなどがごちゃ混ぜになっています。

 でも、Mさんには心からとても感謝しています。Mさんがこのメールを書いてくれたおかげで、夫も私も救われました。

 実は、Mさんのメールを捜しあてたのは私の夫で、私たち夫婦は破局を迎えようとしていました。

 私は、小2の時から中学を卒業するまでの7年間、クラスでいじめを受けていました。夫は、私の理解し難い言動の理由が、性格形成や人間関係を築くのに重要な時期に受けたいじめにあるのではないかと考えていた様です。私も、いじめを受けたせいで何かを学び損ねて、相手の気持ちが分からなかったり気づかなかったりするのかと思っていました。

 でも、違っていたんですね・・・。
そのせいでいじめを受けてしまっていたのかもしれないものの、いじめなんかのせいじゃなかったのですね。

 主人は、Mさんからのメールを読んで答えを見つけたと思った様で、私にMさんからのメールを読ませるかどうか随分考えたようです。でも、おかげで私も答えをやっと見つける事が出来ましたし、離婚の話はなくなり、Mさんと夫には本当に感謝しています。

 私は今40歳ですが、ちょっと変わった大人びた子供だったそうで、そういう性格の普通の子供として育ちました。

 Mさんも自分を「透明な存在」と表現されていますが、私は神戸の事件の酒鬼薔薇がそう表現していたのは知っていましたが、自分とは関係ないと思っていました。
でも、考えてみると、私は自分をあまり意識しないというか、感じないというか、言葉にすると他の人と同化しているように感じていて、自分の名前にも実感がなく、記号か何かの様に感じていました。
 それって、同じような事ですよね・・・。そう言われたら、あぁそうかと思えるのに、自分では気がつかないのです。それが認知に障害があるという事だったのかと、やっと分かりました。
 Mさんと同じく、長く生きて来てるので経験した事は出来るようになっていますし、ちょっと前までは自分でも疑ってもいなかったぐらいですから、人から見ても全く普通の人に見えます。
 周りの大人である人に苦笑いされながらも、大目に見てもらって何とか生きて来れましたし、仕事も何とかやってこれていましたが、しばしば人間関係でトラブルを起こして来ました。
 相手が傷つき烈火のごとく怒っているのに、私には何故相手が怒っているのかが分からないのです。
 その度に、私の何が相手を怒らせるのか分かりたくて、でもさっぱり分からなくて、必死になって考えて悩んで・・・そうやって生きて来ました。
 いつか、その努力を続けていれば、きっと気がついて直せると信じていました。でも・・・。

 つい最近も、同じ失敗をやらかしたようで、大切な友達を失いました。
 また例によって、相手が怒り出すまで何にも気づかず、怒らせておいて、相手が何故怒っているのか分かりませんでした。
 主人との間においても、同じことが繰り返されていました。悪気もなく、そんなつもりもないのに人を怒らせてしまう・・・!その恐怖が分かってもらえるでしょうか・・・!!

 ここまで繰り返せば私に原因があろう事は分かっても、何故なのか分からず苦しかった。自分を責めて、呪っていました。

 相手の気持ちが読めない、理解ができない。相手の自分に対する好意に気づけない。前後の繋がりが読めない、分からない。結果、無神経な言葉を吐いたりして、相手に理解し難い苦痛を与えてしまっていたわけです。
 ここまでは、今まで血がにじむ思いで必死に生きてきて、いろいろな不愉快な体験を通じて何とか分かって来ていましたが、何故私だけが他の人が普通にやっている事ができないのか、どうしてもどうしても分かれませんでした。

 何かが欠けているのでは?そう思ってはいました。

 もっと早く、私には軽度の発達障害があり、全てがその為だったと私自身が知ることが出来ていれば、夫はもちろん、私を大切な友達だと思ってくれていた彼女を傷つけてしまう事も無かったことでしょう。
 彼女になら、全てを話して分かってもらう事ができたでしょう。今となっては、もう手遅れです。

 悲しくて悲しくて、主人にも彼女にも申し訳なくて申し訳なくて、たまりません。胸がはりさけそうです。大声で叫びたいです。
 幸いにも、主人は全てを理解し、私のことを受け入れてくれてやり直せる事が出来そうです。結婚して15年。やっと本当にかみ合う事が出来てたまらなくうれしいです。

 発達障害の事が知られだしてまだ間がありませんが、私のように誰にも気づかれる事なく大人になり、自分が悪いのだと落ち込んだり、自分を責めながら生きている人が他にも居るのではないでしょうか。

 発達障害の子供の支援をするところはあっても、発達障害を持ちながら、その事に気づかないで苦しみながら子育てをしている親もいるでしょうし、また自分がそうだなんて思いもしない親は、自分の子供も発達障害をもっているかもなんて、思いもしないのではないでしょうか。

 いろいろ自分なりに調べてみて、とにかく大事なことは、本人はなかなか自分では気づ けませんから、少しでも早い時期に(小学校の高学年ぐらいの時期に)周りが気がついてあげることだそうです。

 そして、本人にあなたは悪くないのだと、発達障害の事を理解させてあげることだそうです。本人は何故か分からないまま、すごく苦しんで生きていますから、自分にはそういう障害があっても、丸ごと両親から受け入れられて愛されている事が分かれば安心し、すごく生きるのが楽になるそうです。
 知るのが遅くなれば成る程、本人は受け入れにくくなって苦しみます。

私も、もっと早くに知りたかった・・・!!
 
 発達障害の認識があれば、もっと上手に相手を傷つけないように意識して言葉を選び、意識して行動する事で、全てのトラブルは回避出来なくても、早め早めの対処が出来ていた事でしょう。
 本人が知る事の大切さを痛感します。

 少しでも多くの人に、軽度発達障害の事を知ってもらえたらと心からそう思います。それから、Mさんとはもっといろいろ話がしてみたいです。小5の長男が、もしかしたら軽度発達障害児かもしれません。
 どこに行けば、きちんと診断してもらえるのでしょうか?看護師でありながら、そんな事も分からないので、教えて頂けたら有難いです。

 私も、初めてのメールで長々と失礼致しました。最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。

2005/02/12

発達障害の苦しみ Mさんからのメール2

関心をもっていただきありがとうございます。


>>  発達障害に関しては私も無理解な一人であろうと思います。
>>  私たち教員が心得るべき事の一つに「子どもは未発達の人格であるから、
>> おかしな行動があっても異常と決めつけてはならない」というのがあります。


発達障害に無理解なのは今の時点では当然だと思っています。
当事者である私自身も子供の親として
我が子が「おかしい」と思うのは間違っていると育ててきました。
そういう意味では先生のご苦労はよく理解できます。


>>  発達障害に関していえば「昔からこんなのはあった。今は騒ぎすぎ」という気持
>> を正直のところ持っていました。


私もそう思ってきましたし現在も大多数の人がそう思っています。
特に自分が努力して生きてきた人は(ほとんどですね)
発達障害を否定したいだろうということも言えると思います。
自身にもその傾向があって克服してきた人はさらに
「そんなことくらい皆頑張っている!」と言いさらに無理解だったりします。
(この「みんな」と言い切ってしまう客観性のなさが問題なんですけど)

定型発達と発達障害には
生来の脳の中枢神経の仕組みに明らかな差はあるものの
人間として差があるわけではありません。
人として生きていく上で努力すべきこと、やってはいけないことはもちろん同じで
す。
しかし機能が違う以上そこを理解しないまま一方のやり方,感じ方を押し付ければ
無理が生じ少数派は崩壊していくという論理はわかっていただけると思います。

自分がグレーゾーンにいるためにやらねばならないことがあると感じ
障害児は医者と特殊教育関係者へという図式はもう過去のもので
「普通」と呼ばれている子供を教育している人にこそ
この現実を知ってもらいたいと思っています。
君はどっちだ?とレッテルを貼りがちになりますが
自分を知る一つの手がかりとして周囲がまず気づくことの大切さを痛感しています。
なにしろ本人はそこに困難があって気がつきませんから。


>>  意識を変えなければならないようです。


こう言っていただけると本当に感謝です。
信念としてきたことを変えるのは不安なものですから
その勇気には本当に感謝です。


>> ホームページへの匿名での掲載を許可していただけないでしょうか。


どうぞ、掲載してください。
私は今HPを持っていませんのでよろしくお願いいたします。

発達障害の苦しみ Mさんへのメール

 メールをありがとうございました。
非常に興味深く拝見させていただきました。制服が好きな理由の解釈など思いもよらないものでした。

 発達障害に関しては、私も無理解な一人であろうと思います。
 私たち教員が心得るべき事の一つに「子どもは未発達の人格であるから、おかしな行動があっても異常と決めつけてはならない」というのがあります。

 そのために「子どもは多かれ少なかれ異常だし、世の中の人間はみんなどこか普通じゃないところを持っている」という意識で接しています。
 発達障害に関していえば「昔からこんなのはあった。今は騒ぎすぎ」という気持を正直のところ持っていました。

 意識を変えなければならないようです。

 お願いがあるのですが
Mさんからお寄せ頂いたメールの内容はこのまま私のパソコンの中に埋もれていくのはとてももったいなくて、できれば多くの人に紹介したいと思うのですが、ホームページへの匿名での掲載を許可していただけないでしょうか。

 また、すでにMさんご自身のホームページに同様の内容を掲載されているのならリンクを張って紹介させていただければと思うのです。きっと私のような立場で仕事をしている人間には大きな参考になると思います。
 
いかがでしょうか?
 

2005/02/11

発達障害の苦しみ Mさんからのメール

はじめまして

サポート校を調べるところから
不登校の実態はどうなっているのだろう?と思い
色々なサイトを拝見していて先生のHPにたどり着きました。
突然ですが聞いていただきたいことがあってメールしました。

私には4人の子供がいます。
現在こ高1の長女が小6、中3の時に不登校を経験しています。
当時、理由は本人も「わからない」と泣くばかりでした。
「疲れたら少し休んで良し」と休ませると
その翌日には登校
しばらくして引き金になることがあると
また一日休んで登校
時には2日休んで登校を繰り返していました。
卒業を指折り数えていました。

高校生になって毎日活き活きと生活している今になって彼女が言うには
小学校当時は友人関係が上手くいかなかった事
担任が無理解であった事
信頼されていない担任と表面上上手く付き合っていかれる同級生に対し
人間不信になった事などが主な原因だったそうです。
中学校時代には数週間の不登校がありましたが
生活は親とともに外出や家事をするなど
生きていくのに必要と思われることはさせていました。
中学当時の不登校の理由は今もって不明です。

次女(中1)と長男(小3)は広汎性発達障害と診断されています。
それぞれ診断がついたのは1年ほど前です。
子供達は自分と自分がこれまで見てきた家族によく似ていましたので
それは性格であると思っていました。
長男は不適応行動も起こしていましたが次女に関しては
受診を伝えた私に学校と教育センターは「その必要なし」と言いました。
親の私が「受診します」と決意しなければ
次女は今でも「普通の子」として扱われていたでしょう。
文部科学省の発表では軽度発達障害児は小中学校の6%と言いますが
実際はグレーゾーンにある子はかなりの数になると思われます。
私が大多数の親と違って次女の受診に至ったのは
私ができた親だからではなく奇跡的偶然だと思っています。
アルコール依存症の父と、病気だと言い張る病的性格の母を見て
反面教師にしてきた環境だったからこそ気がついたわけで
大多数の親は気がつかないまま子供は思春期に入っていきます。
事実我が子たちのクラスにも
受診すればほぼ間違いなく診断がつくだろうと思われる子供は複数いますし
障害とまでは言わなくても我が子と同じに理解されてフォローされれば
もっと生きることが楽になるだろうと思える子供はかなりいます。

子供の診断がついて自分も同じタイプの脳に生まれついていることを知りました。
離婚した夫も、長女も困難の度合いが違うものの同じでした。
私にとって「普通」とは恐怖の言葉でした。
私はずっと「普通の子」でした
どこに行っても特に大きな問題を起こさないのでいつも見過ごされました。
成績も中間でおとなしく泣いているばかりの子でした。
神戸の事件の酒鬼薔薇が自分を「透明な存在」と表現した時には
「同じ事を感じている子がいた」と驚いたものです。
(幸い私には虐待に喜びを感じる要素がありません)
普通に見えるけれど普通ではない
「普通」であることを求められてもそれが何を指すのかわからず混乱し
混乱してはいても自分が何に対して混乱しているのかもわからず
「わからないことは聞きなさい」といわれても
わからないとはどれを指すのかもわからない人間でした。
・・・と今はこう論理的に書ける私が
「わからないことがわからなかった」と言っても信じられないでしょうね。
でも本当にそうなんです。
「普通に生きることの辛さ」をテーマにしたHPを作っていたくらい
自分は普通であると思い、生きることは苦しく、がむしゃらに努力していました。

私には不登校もひきこもりも経験がありません。
精神科への通院歴もリスカなどの問題行動もありません。
だからといって社会に適応していたわけではないのです。
(リスカは痛みによってある脳内物質が出て精神安定剤の役割をするそうです)
今になって自身が広汎性発達障害という自閉圏の人間であるとわかり
初めて「あぁやっぱりずっと困難だったんだ」と振り返って自覚しているのです。
客観性が低いので『他の人間をやったことがない』という理由で
自分が辛いのかどうかもわからず、耐えていたりします。
この年になって だからあの時・・・と思うことはたくさんあります。

ずっと誰にも相談したことがありませんでした。
何事も自分で決めて失敗して責任をとってきました。
自分が損をするかもしれないと思うことでも問題が複雑になることは避けてきまし
た。
誰かに助けて欲しいと思ってはいても方法がわからず何でも自分でやってきました。
自分が認知に障害を持っていて
『相談』という言葉もその意味も知っていたのに
その『相談する』と言う行為が自分とどう関係があるのか
わからないままで生きてきたのだと知ったのは昨年でした。
私はすでに45歳でした。

長く生きていますと経験したことはできるようになりますので
今は子供の学校のPTA役員もやっていますし
下請けで営業の仕事もしています。
集団の中で発言することも人をまとめることもできるようになりました。
周囲に「私も軽度発達障害があるんだよ♪」と言っても信用されません。
誰にも迷惑かけずに(たぶん)生きていますが本人はとてもキツイです。

朝起きて、気温に合わせて服を選ぶことがとても難しいです。
とりあえず身につけた下着姿でウロウロしています。
人にそう話しても「え?あなたが?」と驚かれます。
事前に準備していないことはとても不安になります。
物事の優先順位がわからずありとあらゆることに手をつけてしまうので
家の中はすぐに散らかり物がなくなります。
人生の大部分は探し物に費やされていると感じます。
刺激を排除することが難しいので周囲の騒がしさにイライラします。
感覚過敏があるので常に音にイライラするのですが
寝不足の時にはスプーンが食器にコツンと当たる音さえ頭に響き耳が痛くなります。
(コレはつい最近気がついたことです。
今までは理由もわからずただイライラしていました)
感情のコントロールが難しく周囲にいる人の行動にすぐ反応してしまい
怒ってばかりいるので疲れます。
高校生当時を思い起こすと周囲のうるささを感じないために
自分が大きな声を出して騒いでいたのでは?と最近気がつきました。
タバコを吸っていない人には他人のタバコの煙が辛いけれど
自分も吸ってしまえばあまり感じないのと似ているような気がします。

事例集の中にあった
不登校の子が外出時に制服を着用していた事、
学校への愛着と解釈されていましたが
もしもその子に少々の自閉的傾向が認められたとしたら
その行動の意味はまったく違うものになったりします。
私も制服は大好きでしたが、
それは組み合わせや靴とのコーディネートを考えることなく
6月10月で夏服冬服が分けられていて
迷わなくてすむ利便性のゆえでした。
制服さえ着ていれば大人にいちいち文句をつけられなくて済むので
余計な人との軋轢も避けることができました。

しつこいようですが私はいたって普通に見えます。
むしろ自分のスタイルを持っている凛とした人間だと思われています。
本人もつい1年前まで普通だと思っていました。
私が先生の学校の生徒だったとして、
もしも万が一私の困難に先生が気づいて声をかけてくれたとしても
「大丈夫か?」と聞かれた私は「大丈夫です」と答えるでしょう。
何が大丈夫なのか今ひとつわからないけれど心配されていることは理解でき
相手に心配をかけないのが正しい方向だと学習してきているので
こう答える以外には言葉をもたないのです。

地域で振り分けただけの小中学校に6%いるのだとしたら
高校には学校によって
それより多い数字の困難を持つ子供がいるのでは?
と想像するのには無理がないと思っています。
中にはこんな子もいるのかもしれないと思っていただき
軽度発達障害に興味をもっていただければ幸いです。

このメールに書いたのは私自身の事例であって
軽度発達障害者は千差万別であると言うことはお伝えしておきます。

初めてのメールで長々と失礼致しました。