生徒会行事も、部活動も一段落して、久しぶりにブログを書く気力がでてきた。
今年も11月12日~13日合同教研「障害者教育の分科会」に参加して来た。ここ数年は不登校分科会にいたが、Mさんに触発されて、軽度発達障害に興味を持ち始めた。知ってみると、今までなぜこのことを知らなかったのだろうと自分の不勉強を思い知らされることが多かった。同時に不登校問題やADHDについて、普通高校では情緒的、感情的なとらえ方をしていたことにも気が付いた。障害児学校は一歩も二歩も先を見て研究・実践をしている。
以下に職場新聞に書いた報告記事を一部修正して掲載する。
この分科会は「普通高校は関係ないだろう」と思う人が多いらしく、百名近い参加者がいたテーマ討論でも、普通高校からの参加者は私を含めて二人しかいなかった。
高等養護学校に努める知人に会ったら「こっちネタで書いてましたね」といわれたから、障害児学校でも自分たちだけの問題と思っているフシがある。
「軽度発達障害」という言葉が広く知られるようになったが、つい最近まで私は知らなかった。「ADHD」「LD」「アスペルガー症候群」「高機能自閉症」などと言った方がわかりやすい。「トム・クルーズ」が字を読むことができないのはよく知られている。識字障害はLDの一種である。
文部科学省の調査で小学校では全国平均で6%の「軽度発達障害と思われる生徒」が存在する。アスペルガーやADHDは学力と関係なく存在する。実は大人の中にもかなりいる。キーワードは「対人関係困難」だ。虐待に結びつく場合も少なくない。
千歳市立北進中学校のN教諭はこの問題のエキスパート(後述)だが、テーマ討論の中で次のように述べている。
「『レッサーパンダ事件』の弁護人である副島洋明氏は「高機能自閉症やアスペルガー症候群の障害者に出会うのは、福祉や医療の現場ではなく、留置場が多い」と語っている。このことを黙過してよいのか。きちんとした教育、福祉、医療、労働の施策がないからではないか。」
ADHDとアスペルガーは混在することも多く区別することが難しいという。「会話の流れが読めない」「自分の欠点を指摘されると怒りが爆発する」「何事にも頑張りすぎて疲れ切り最後までやり遂げることができない」「マイブームが変化しやすい」「じっとしていることができない」「声量の調節ができない」などの特徴を持つ場合が多い。(N教諭の講演から)
本校にもかなりの割合で存在することに気がつく。
ADHDの大学生と、そのお母さんがテーマ討論に参加していた。お母さんは自分の子供の障害を認めることができず「それはあなたの個性だ」と言って聞かせたが「こんな苦しい個性があるかよ」と反論したという。
自覚なく周囲の人間を怒らせてしまう。やがて、いじめや仲間はずれの対象となる。「いつ誰を怒らせるかわからない恐怖」にさらされ、やがて不登校、退学へとつながっていく。他人からの批判には腹立ちをこらえきれず、何事にも過敏に反応してしまう。ADHDやアスペルガーにはそんな苦しさがつきまとう。
軽度発達障害は早めに自覚ができればよりよい対処ができる。小中学校では、かなり研究され始めている。障害児学校と連携している場合も少なくない。
千歳市は文部科学省の研究指定地域になったこともあり、行政と小中学校が協力して先進的なシステムを作り上げている。
千歳市立北進中学校は国内でただ一つの特殊学級のみで構成される独立校である。ここに勤めるN教諭は千歳市のみならず、全道を駆け回って「特別支援教育」の推進に当たっている。
「がんばってもだめな生徒が存在し、精神論だけでは乗り切れない現状に高校ももうすぐ気がつくだろう」という。
高等養護のS先生によれば、高校と高等養護の境界が曖昧になってきてる。近隣の高校を退学して高等養護に入学した生徒もいればその逆もいる。
これに対応するために、遠別農業高校は小平高等養護と連携して軽度発達障害の生徒の指導に取り組んでいる。道内の高校ではもっとも進んでいるのがここだろう。
文部科学省が予算もつけず、特別支援教育を声高に叫んだことは「インパール作戦」だと批判されているらしい。(もう少しわかりやす例えがほしいところだ)
しかし、今まで取りこぼして来た分野に目が向き始めたことの意義は大きいと思う。
現実的には圧倒的な教員数の不足が災いして、これらの生徒に細やかな対応をしていくのは困難だろう。また、現職の教員にはほとんど軽度発達障害についての知識もない。そのための研修に出してる余裕も現在の学校にはない。
だが、教職を志している学生の多くは、大学の積極的な取り組みもあって一定のスキルを身につけてくるだろうし、少子化の進行も定数の改善には役立つかもしれない。
この問題に対処するための態勢づくりが障害児学校では始まっている。多くの高校はやがて援助を必要とするようになるだろう。
学校制度とは別に教育のあり方が変わりつつあることを感じた。道のりは長いが喜ばしいことだと思う。
11月25日
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