家庭の不安定がストレスを引き起こす
彼女は父親が病弱で収入が安定せず、宿泊研修や見学旅行に参加していない。基本的に全員参加の行事であるため、参加しなかったことが疎外感につながったことは否定できない。朝に「体調不良で行けない」という連絡が入る日が多くなった。
12月になって「家の都合で本州へ行くことになったので、学校をやめたい」と申し出てきた。詳しく聞くとまだ確定した話ではなく、行くとしても3月の末あたりということで、何も今やめる必要もなく、今私に告げるような内容でもなかった。 「それなら、転校先を探そう」というと「もういい、家も苦しいし、新しい学校で友達もできないような気がするから、働きたい。しばらく自由になりたい。」という返事が返ってきた。
かなりストレスがたまっており、一刻も早く開放感を与えてほしいと全身で訴えていた。
母親を呼んで、ここに至る事情を確認すると「いいんです。本人もそういうし、私もむこうへ行って、落ち着いてからゆっくり考えたい。」と答えた。母親の職もまだ決まっておらず、父親の健康状態を考えて、寒い北海道ではなく、暖かい本州へ姉を頼って転居するということだった。家族みんなが疲れており、新天地を求めていた。 「このままではきっと高校を卒業することなく終わってしまう。就職や進学で、不便を感じることも多いはず。結論は3月でいいんだから、そこまでやりなさい。あとは自由にすればいい」そう言って説得した。そんなとき、現地に住む姉からO高校がいろいろな生徒を受け入れて教育しているからそこがいいのではないかという連絡が入った。
教頭を通して連絡を取ると、昼間定時と通信制の併設校だった。 「2年生までの単位が満たされていれば、月2回程度のスクーリングに出席するだけで卒業できる。ほとんどが自由時間で、無理に人付き合いをする必要もないだろう。みんなと一緒に卒業だ」そう言って無理矢理説得した。
家族も一刻も早く本州へ行きたいと言うのを説得し、二年生の単位が認定されるまで待ってもらった。不安を抱えて故郷を後にしてから1年後メールが届いた。
「Tです。お元気ですか?今日私は無事卒業する事ができました☆(^□^)本当先生のおかげです!ありがとうございました♪私の方は環境にも慣れ、毎日インド料理で、外人の方たちと働いています。学校もいろんな環境の人たちと出会えて本当によかったとおもいます。卒業後は通信制の大学に進学します。ちなみに学科は教育学部ですが、別に先生になりたい訳ではありません(笑)これからも自分自身に負けないように、夢に向かって頑張っていこうと思います。☆本当にお世話になりましたm(_ _)mそれでは北海道のみんなに会える日を楽しみにしています♪」
完全に立ち直っていた。
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