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解決を見ない不登校分科会

 地区の研究会、全道研究会で本校における不登校の現状を発表したことをきっかけに不登校問題の会議に参加したり、保護者の方たちのレポートを読ませていただいたりしたがしっくりせず、全国連絡会(不登校問題の)から送られる資料に綴られる家族の方々の手記を読ませていただいても共感することもできないまま3年を過ごし、私に問題を提起した生徒たちは卒業していった。
  昨年の全道合研不登校分科会の最後に「この分科会では、教員はいたたまれない」という発言があった。私も同感で「なぜ、昨年までは参加していた小中学校の先生が一人もいないのか、考えてみる必要がある。」と支持する意見を述べさせてもらった。 もう出たくない」と思わせるほどこの分科会ではストレスがたまる。原因として以下のような点が上げられる。

① 学校や行政に対する批判が異常に多い。
「学校の先生は自分が批判されることがないから非常識なことをいう。」
「学校の常識は世間の非常識ですからね。」
「学校全体でこの問題に取り組むような雰囲気はないんですか。」
「 管理職はどう動いているんですか」
「学校にいけない子供のための適応教室を学校の空き教室を使って開くような無神経な行政」
「適応指導教室に手伝いに行っているが、学校の先生が見に来たことがない。姿勢を疑う」
「学校へ行かせたいという下心が見え見え」
「学校を魅力的な場所にしなければいけない」
 などなど
② なぜ不登校になったのか原因の追及がされていない。
たまに出てきても学校の「いじめ」が深刻で、それが原因ということくらい。
「いじめ」じゃない場合はいったい何なのか。「ある日突然、誰でも不登校になりうる」だけでは不十分だ。

③ 不登校に対しては「受容」することが大事でそれ以外の方法は間違っているという考え方が基本にあるため、そこから逸脱するような場合は訳が分からなくなってしまう。
強引に学校へ引っぱり出すなどはとんでもないから是正しなければというのが基本姿勢で、他の考え方を否定するから話し合いが成立しにくい。

 不登校は深刻な問題であり、学校だけではなく社会とつながりを持てなくなる可能性も否定できない。そして本当に「誰が不登校になるかわからない」ならばなおさら「こういうことだけはやめよう」「こういうことをしておけばよかった」という失敗談を集め、次につないでいく努力が必要と考える。

前回のレポート「学校になじめない子供たち」への批判

 一昨年、多発する不登校についてレポートし、家庭に原因があるのではないかという報告をした。退学していく生徒について、家庭訪問や退学手続きに訪れた親の話から傾向をまとめたものである。以下のように結論づけている。>
1,父親と子供の関わり合う時間が少ない。                          
2,母親は受容的だが、自分自身でも不安をかかえよりどころを求めている。
3,両親は内省的で、他人に対する攻撃性がなく、優しい人柄である。          
4,不登校の原因は自分たちの育て方が悪かったからだと負い目を感じている。   
5,兄弟姉妹がいる場合は、やはり不登校傾向を持っている場合が多い。       
   そして
 親の不安が子供に投影しているように感じる。 簡単に言えば家庭に原因があるという内容だ。
 これに対して「分析することに意味があるとは思えない、ありのままに受容することが大切なのではないか」
という批判をいただいた。実は全国の研究集会でもまったく同じ批判を共同研究者の方からいただいた。
「家庭を分析することではなく、学校を改善することが大切」という趣旨の助言をいただいたが、事例を集めれば集めるほど、原因は家庭にある場合のほうが圧倒的に多いと感じる。
 「あるがままを受容し、居所を作ってやる」ということも対症療法として重要だが、方向性がまちがっているように思う。

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