親からも卒業
国語の教科担任のO先生から「読んでおいてほしい」と見せられた課題ノートには「私の父」という題名の作文があった。
「私のお父さんは、すぐ機嫌が悪くなってお母さんとけんかばっかりします。私にもやつあたりしまくるし、もう家にいたら苦しくなります。家出したくもなります。 私はずっと小さいころから親のケンカがイヤでした。家に帰るといつもケンカばっかりして家にいても楽しくなかったのです。いつもお父さんの機嫌をうかがいながら生活しています。私もがまんの限界です。でも、まだ耐えています。勉強のことでは私も悪いので何も言えません。これからは少しづつ勉強もがんばります。親のことも気にしないで生きていきます。お父さんは朝早く仕事しててえらいと思うけど、かなりの短気でむかつきます。お母さんは仕事をして、家のこともしてたいへんそうです。」
欠課時間数が多い生徒の作文だった。私が知らない彼女がそこにいた。
そういえば、電話の向こうの母親の声に抑揚がなく、無機的な感じがするようになったのはいつからだったろうと思い返した。
とりあえず「お母さんは元気か?出席が危ないから一度学校に来てもらいたいんだけど」とふっておくと、間もなく反応が返ってきた。「まだ、誰にも言うなって言われてるんだけど、お母さん離婚するかも知れない」と言った。「両親」ではなく「おかあさん」と言ったことがこの子の立場を明らかにしている。自分はどうすべきか考えた末の結論があの作文なのだろう。
それから間もなく母親が病気で、札幌の病院に入院することになった。 姉、兄がいるがすでに独立したり、進学のために家を出てたりで、父親との二人暮らしがはじまった。祖父母も近所におり、また仲の良い友人も心配して自分の家に泊まるように進言したが「私がいなくなったら、お父さんは一人で暮らさなきゃいけなくなる。働いて帰ってきてだれも居ないと寂しいから」と嫌っていた父を思いやって家に残った。
何が幸いするのかわからない。このことがあって離婚話はたち消えた。
彼女は無事卒業したが、家に残っている。怠学傾向があり、一時は卒業を危ぶまれたこともあったが「私は絶対高校を卒業する。就職して一人暮らしをするんだ」と学校へ通い続けた。目標を達成した今、家を出たいという気持ちも消えたようだ。それは彼女が親の引力圏を脱出したということを意味するのかも知れない。
※文中の「作文」は「発表資料として使う」ことを前提に本人からもらい受け、脚色したものです。(プライバシー保護のためです)
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