« 文科省が不登校を容認したのは憲法違反だ | トップページ | 不登校という生き方の選択 »

感情が爆発するとき

 きっと本人も理由がわからないだろうが、感情をコントロールできなくなることがある。
我が娘はそうである。娘が感情をむき出しにするとき、私にも忘れていた感情がよみがえる。あれはなんと呼べばいいのだろう。憎しみではない。悲しみでもない。ただ自分の中のどう猛な野生に火がつく、どうしようもなく相手を攻撃したいという感情が自分を興奮状態にする。
 私自身は親から「感情が爆発すると怖い」と言われて育った。高校以降の知り合いは私のそんな過去を知るよしもなく「穏やかな性格」と言われることが多い。ただスナックのママから「あなたはとても優しいけど、あなたのような人が怒ると感情が爆発して恐ろしい」と言われたことがある。多くの人と接する仕事をしていると臭いを嗅ぎ分ける能力が身に付くのだろう。母親からは「おまえと父親を二人きりにしておくと殺し合いになる」といわれた。子供の頃「大きくなったら殺してやろう」と思った記憶がある。だが、その憎しみは私が高校通学のために下宿生活をはじめたころにきれいに消えてしまった。不思議なことにそれ以降父親に憎しみを感じたことは一度もない。

 しかし、そんな野生が私の中から消えていないことを思い知らされた。娘のわがままさに腹が立ち、頭を平手でたたいたことがある。ところが動いた拍子に手は頬に当たり、彼女は天井を見るようにのけぞった。「しまった」と思ったがすでに遅く、下から憎悪に満ちた目がにらんでいた。その反抗的な態度が「自分が悪いのを棚に上げて」という感情を呼び起こした。頭を十数回続けてたたいた。冷静に戻ったとき、娘は怯えながらしゃくり上げていた。何かを言おうとしたが言葉にならなかった。手は熱を持ち数日間痛んだ。

 今、感情をコントロールできない生徒を見ていて「何故こんなことをするような人間に育ってしまったのか、親はどうしてこんな育て方しかできなかったのか」と思うことがある。
 若い日の自分をどうしても思い出すことができないのだ。育ち方の問題ではない。肉体的な不完全さが精神の暴発を誘導する。自分でも「なぜだ」と思いながらどんどん自分を追い込むような行動に駆り立てられた。あれは「衝動」というのだろう。
 
 子供を悪くしようと思って育てる親はいない。子供は自分を育ててくれる親が大好きだ。でもうまくいくとは限らない。衝動によって穏やかな生活が破壊されることもある。

  

|

« 文科省が不登校を容認したのは憲法違反だ | トップページ | 不登校という生き方の選択 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/53241/1794936

この記事へのトラックバック一覧です: 感情が爆発するとき:

« 文科省が不登校を容認したのは憲法違反だ | トップページ | 不登校という生き方の選択 »